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No.71 Nova / Vimana 1976(Italy/UK)

イタリアン・ロック史上、最も非日常的なカオスに満ちたトリック・スター的存在、オザンナの『パレポリ』はフェデリコ・フェリーニの映像と共に、ティーンエイジ時代にのめり込んだ世界だが、その残党と言えるメンバーが数年後にはイギリスに渡って、ブランドX周辺のバカテクを誇る超一流セッション・ミュージシャンたちと競演していた、というのは、にわかに信じがたい事実であった。
PFMの後を追い、バンコ、オルメ、ニュー・トロルス、ゴブリンなどとともに国外脱出し、インターナショナルな成功を求めて、オザンナ一派が結成したのが、このノヴァだった。当初はギタリストのダニーロ・ルスティッチとサックス・フルート奏者のエリオ・ダンナが中心だったが、ドラッグ中毒のダニーロに代わり、元チェルヴェッロでその実弟のコルラド・ルスティッチが弱冠二十歳にして主導権を握り、当時、イギリス音楽シーンの中枢に入り込んで録音したのが、セカンドの『Vimana』である。大手のアリスタ・レーベルからのリリースで、同時期に日本にも輸入盤が入ったようだが、その後は10年以上、ずっと入手困難で容易に聴けない憧れの一枚だった。
記憶は少し曖昧なのだが、おそらく大学を卒業する1993年までには入手できぬままで、懇意にしていた輸入レコード店の店主から「借りて」ダビングしたカセットテープをよく聴いた。確か実家には実物のレコードがあるような気がするが、いつ購入したのかは思い出せない。

メンバーはエリオ、コルラドに元ニュー・トロルスのレナード・ロゼッタが参謀格として加わり、リズムセクションは何とブランドXとしての活動を本格化させたばかりのパーシー・ジョーンズと、第二期マハヴィシュヌ・オーケストラでの壮絶なドラミングで、フュージョン界の脚光を浴びていたナラダ・マイケル・ウォルデンが招聘されている。プロデューサーはブランドXのロビン・ラムレー。フィル・コリンズも若干手を貸している、というように、ブランドXの衝撃のデビュー作と、極めて近い時期、近いスタッフで制作された姉妹作と言っても良い。また、同じトライデント・スタジオでは、ジェフ・ベックの『Wired』が録音されていたという。
あまりにも有名な、そして個人的にもずっと古くから愛聴してきた2つの名盤とパラレルに生まれた作品だということを思うと、何とも違和感を覚えるのだが、確かにその2つの名盤に勝るとも劣らないクオリティーと魅力を持っている。

音楽的には、当時流行したフュージョンのエッセンスを英国的に解釈したエクスペリメント的作風である。ブランドXと比べると、やはりどこか地中海的でリラックスした感じを受けるのは、オザンナ時代とあまり変わらないナポリの乾いた空気を漂わせつつ、妖麗なエロスを放つエリオのサックス、フルートの存在感であろうか。
一方、雇われリズム隊、職人気質のキーボード・ワークともに、プロフェッショナルらしい鉄壁さで、しかも余裕をかましながら八分の力で軽く流している感じがこれまた実にスマートなのだ。ブランドXと『Wired』のようなエネルギッシュな気合いと張りつめた情報量に比べると、余計にイタリアンなスマートさを感じる。
そして、ここでのスターは何と言っても今日までアメリカ西海岸、イタリア本国の第一線で活躍を続けるコルラドだろう。ジョン・マクラフリンを師匠とする彼のテクニカルなプレイは既に完成しており、その後のキャリアでももっとメジャーなステータスを獲得しても良いのに、と惜しまれる。あと、彼のヴォーカルもソウルへ憧れつつ、敢えて情感を押さえた感じで魅力的なのだ。

熱いイタリアン・ロックの歌心、バカテク、英国本流のジャズ・ロック、プログレからの影響、西海岸フュージョン、地中海テイスト、ソウルへの憧れ、それにキース・ジャレット、か。

実に多種多様なエッセンスが、少しルーズさを残しつつ、見事に融合した、まさにプログレッシブな逸品である。