No.65 Sagrado Coracao da Terra / Same(捧げもの)1985(Brasil)

南米ブラジルにもプログレッシブ・ロックがある、というのを日本のプログレ・ファンが本格的に嗅ぎ付けたのは、1980年代に入ってからだろう。マーキー誌上の特集記事が紹介されたのも確か1983年か84年だった。

そのきっかけはやはりリオのバカマルチだ。往年のPFMを彷彿とさせる情熱的な叙情派プログレというレビューに一部の熱心なファンが色めきだった。現在の水準からしてみれば、粗削りなアマチュアの域を出ていないとは言え、バカマルチは英米の大物が失いかけていた純真なパトスに満ちていた。
1970年代にもムタンチスやオ・テルソといった人気バンドが一時的にプログレ路線に走ったこともあったが、流行に反応した一過性の現象であり、バカマルチのごとく、日本のプログレ・ファンの心を鷲掴みするには至らなかった。
日本でにわかに南米プログレが注目され始めた1985年に絶妙のタイミングで登場したのが、このサグラド・コラソン・ダ・テッハ、デビュー作で、それが先行するバカマルチと双璧を成し、プログレ・ファンを魅了した。 

サグラドは、ブラジル中東部ミナス・ジェライス州出身。女性ヴォーカルを中心にした叙情派シンフォニックというカテゴリーはバカマルチと同じだが、プロジェクト・オーナーのマルクス・ヴィアーナは正式なクラシック教育を受け、米国留学の経験を持つ本格派ミュージシャンで、「Voz do Brasil(ブラジルの声)」と言われ、名声を欲しいままにした大物歌手のミルトン・ナシメントをはじめ、ブラジル国内では有名な数々のミュージシャンと競演してきた実績を持つ。
サグラドとはロック・バンドというより、マルクスの個人プロジェクトという面が強く、本作にはミナスを中心に活動している多数のミュージシャンが参加している。例えば、オ・テルソや14BISで活躍し、ソロ歌手として国民的人気を持つフラヴィオ・ヴェントゥリーニのごとき大物も顔を出している。

そのような背景を知れば、本作がとても新人のデビュー作とは思えない、落ち着き払った余裕の物腰と、英米バンドからの影響だけでは語れない独自のテイスト、そして計算された構築美の背後に計り知れないほどの奥深さを漂わせるのも納得が行く。
オープニング曲 Asas は3分にも満たない小品だが、サグラド、マルクスの音楽的イデーを最も端的に示している。基本はやはり歌であるが、単にポップだという訳ではない。英米のポピュラー音楽とは明らかに一線を画するローカルなメロディーだ。歌詞も哲学的メッセージ性が強い。絶妙な男女ヴォーカルの掛け合い。複合的なリズム展開。そしてヴァイオリンのきらびやかな音色。形容詞だけ並べると、いかにもプログレなのだが、ありそうで他にないタイプだ。過去のビッグネームとの近似性は思い当たらない。

全体に映像的なサウンドエフェクトの要素も多く、イエスやジェネシスの亜流バンドのような単純明快さはない。じっくり腰を据えて向かい合わないと音楽の本質を聞き流してしまいそうだ。そういう意味で、プログレという記号を追い求めるリスナーにとっては少し取っ付きにくいかもしれない。何の前情報もなく聴いた自分の最初の印象がそうだった。しかし聴き込めば、ものすごく味わい深い音楽だと気づく。
もう一つ、本作が不利なのは録音の悪さだろう。この面は次作から格段に改善されることになるが、特にクライマックスの表題曲の畳み掛ける展開で鍵となるリズム・セクションの不鮮明さが実に惜しい。
とは言え、それを差し引いても、1980年代を代表するシンフォニック・ロック、屈指の名作であることは間違いない。現役のプロファッショナルな音楽家が本気でプログレをやると、こうなるというケーススタディとして意義深い一枚である。