No.63 Sebastian Hardie / Four Moments(哀愁の南十字星)1975(Australia)

1982年、オーストラリア出身のメン・アット・ワークというバンドが一躍全米チャートのトップにランクインしたのをきっかけに俄かにオーストラリアへの関心が高まった時期があった。
その流行に便乗し、これをさかのぼること7年前の1975年にオーストラリアから登場した若き叙情派プログレの雄、セバスチャン・ハーディーのデビュー作『哀愁の南十字星』が廉価盤で再発された。当時、中学三年の自分は「キャメル以上の叙情美」という謳い文句に引かれて、なけなしの小遣いで購入した。
ライナーノーツは7年前の伊藤政則氏とたかみひろし氏の興奮した文章がそのまま転載されており、両者は文字どおり手放しで絶賛していた。
その時点で自分が期待していたのはイエスの『危機』やEL&P『恐怖の頭脳改革』のような畳み掛けるようなテクニカルな展開だったのだと思う。そんな期待は呆気なく裏切られた。
セバスチャン・ハーディーは派手なテクニックで聞かせるタイプではなかった。
しかし、それにしては、伊藤氏やたかみ氏は何故、かくも熱烈にこのバンドを賛美したのか、最初は理解できなかった。両氏だけではない。多くの日本のプログレ・ファンが彼らを全面的に支持した。

ほどなくして、彼らの魅力が自分にもわかった。
とてつもなく、堪らなく魅力的なのもわかった。

イエスで言えば、『危機』でも、『リレイヤー』でもない。『海洋地形学の物語』だ。
あのアルバムのゆったりとした流れ、適度に抑制された情報量に近い。
これによがしな、めまぐるしく変化する展開ではない。
じっくりと、噛み締めるようにリフレインを重ねて徐々に盛り上げていく。
しかも随所に必殺のメロトロンと、泣きのギターを駆使してのフルコースだ。

今にして改めて思う。
このセバスチャン・ハーディーが登場した1975年という時代を考えてみると、プログレがある種、流行のロック・スタイルだった瞬間だったのかもしれない。
当時のプロモーションビデオを見ると、このバンドがどこかアイドル的なキャラクター設定をされていたことが窺われる。
メンバー全員二十歳そこそこのイケメン揃いとなれば、プロモーションする側にしてみれば、当然、売れる戦略を考えたはずで、その一つがプログレ路線だったという可能性も十分あり得る。
同時代、レコード会社の意向もあってプログレ路線を取ったと思われるバンドとして、イタリアのフォルムラ・トレ、オランダのフィンチ、スウェーデンのカイパあたりが思い浮かぶ。

セバスチャン・ハーディーもそんな時代の寵児だったのだと思う。
リーダーのマリオ・ミーロはそんなアイドル扱いに甘んじるには才能が溢れていた。だから、ここまで純度の高い王道シンフォニックの歴史的名作を残すことができたのであろう。

さまざまな意味で今もなお琴線に触れるレアな逸品である。