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No.60 Asia Minor/Between Flesh and Devine 1980(France)

France
1980年代、英米メインストリームにおいてシンフォニック・ロック不毛の時代にあって、その筋のファンの関心は一気にヨーロッパ各国へ向かった。
ここから、イエス、EL&Pジェネシス、キャメル、ルネサンス等に魅せられた日本人ファンによる「青い鳥」を探す欧州秘境の旅路が始まった。
彼らを本気にさせる理由も確かにあった。1970年代半ばからリアルタイムに知られたアトール、バンコ、PFM、フィンチ、トリアンヴィラート等は「青は藍より出て藍より青し」の言葉どおり純粋培養したかのごとき理想の音像を体現していた。

その筋の日本人ファンを驚喜させた「青い鳥」の一つがこのアジア・ミノールを名乗るバンドだった。
メインストリームでは、プログレ界屈指の職人メンツが「エイジア」と称し大成功を収めたが、その陰で敢えて「マイナー」を自称するとは見上げた心意気だ、などと言っていたが、それは単に「小アジア」という地理を指す言葉にすぎなかった。
当初よりフランス、パリのバンドと言われたアジア・ミノールが実はトルコ出身のミュージシャン二人を中心としたもので、バンド名が彼らの故郷へのレスペクトを込めたものだったことは、マーキー誌上に掲載されたリーダー、Setrak BAKIREL氏のインタビュー記事で初めて知った。

その他多くのシンフォニック・ロック亜流に比して、アジア・ミノールが圧倒的な優位を示したのは、まずはとにかくLionel BELTRAMIのドラムの凄さだろう。ラッシュのNeil Peartにも似て、1970年代英国プログレのビッグネームの影響下で、しかもここまでの境地に達した存在はないのではないかというほど、卓越したリズム・イデーを聴かせる。強いて言えば、フィル・コリンズのダイナミズム、アンディ・マクロックの繊細さを合わせ持ちつつ、しかもハード・ロックの荒削りな勢いを加えたようなドラムという感じだろうか。もちろんビリー・コブハムのマシンガン・ドラムからの影響も絶大である。しかもこの時、BELTORAMIはまだティーンエイジャーだったというから驚きだ。

特にアトールを除くフレンチ・シンフォは、アンジュ、モナリザタイフォンの有名どころでさえリズムセクションの軟弱さが顕著であり、それゆえにアジア・ミノールの非凡さを際立たせていた。

もちろん、彼らの魅力はドラムだけでない。
キャメルに通じる叙情美はやはり計算高く、今改めて聴いてもクオリティの高さには舌を巻くばかりだ。また、フランス勢の多くがジェネシス、同郷のアンジュの影響から演劇的な志向が強かったのに対して、アジア・ミノールは一貫してインターナショナル志向だった。トルコ出身らしいエキゾチックな神秘性をほのかに帯びながらも、音楽的には無国籍的で臭みのないドライな感覚の持ち主だった。

自分がこれを聴いたのは比較的早い。
キングレコードのユーロピアン・ロック・コレクションではなく、輸入盤としては最も早く入手したアルバムの一つである。当時の自分にとってバイブルだった小冊子の中でも「シンフォニック・ロックの最高峰」という扱いだった。最優先の「知られざる強豪」だったわけだ。

多少レコーディングに粗さはあるものの、キャメル・タイプの叙情派プログレとしては、今なお最高クラスと言えるとは思う。