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No.51 Rush / Grace Under Pressure 1984(Canada)

私にとってRushは結局、今日に至るまで、ずっと自分の半生を共に生きるかけがえのないパートナーだった。多くのRushファンも同じ気持ちであろうが、さすがにまさかここまで彼らが長い間、第一線で創作活動を続けるとは思わなかった。
もちろん、いつだってRushは特別だったし、ずっと変わらずプログレスし続けてくれることを期待していた。しかし、その期待はあまりにも異例なことだ。いかにRushの3人が超例外な存在だとしても、一般には短命と言われるトリオ編成である。当然、表現のバリエーションは少ない。その上に人間関係を良好に保ちつつ、クリエイティブな活動を続けるのは倍して難しいはず。
しかも体力も精神力も超人的に要求されるアリーナ・ロックのステータス。それを幸か不幸か確立し、揺るぎないものにしてしまった。その中で、前人未到の真のプログレスを成し遂げるというのは想像を絶する。返す返すも凄すぎる神業めいた生き様なのだ。

かつて、ニールが自分たちの音楽を、「ファンにとっての人生のBGM」といったニュアンスで意義づけているのを、インタビューで読んだことがある。ずっと前のことだ。当時は、何か軽い月並みな言葉に感じられたが、自分を含めて世界中のファンにとって現実にそうなっていることを思うと、とてつもなく重くて深い。その意味するところの貴さを改めて感じずにはおれない。

今となっては、Rushが特別だというのは、我々が力んで訴えるような話ではない。
メジャーな数字がすでに証明してくれる。
Rushは、通算のレコード売上枚数のような基礎的データで全ロック史上、ビートルズストーンズに次いで歴代3位というような、とんでもないポジションに居るはずだ。
また、プレイヤー人気投票などでも、例えばドラマーに関するいかなるランキングであれ、ニールは確実にトップスリーに入る。キース・ムーンジョン・ボーナムのような神格化される故人を除けば、堂々とロック史上最高のドラマーだ。この認識は、すでに疑義のない既成事実である。
そうした意味では長年のRushファンとして隔世の感を覚えざるを得ないのだ。

今をさかのぼる30年前。
1984年。
個人史的には高校入学の年。中学卒業してすぐの4月初め、輸入レコード店で発見したのが、Rushの新作、通算12枚目のGrace Under Pressureであった。
ジャケットのイラストは前年の大韓航空機事件にインスパイアされたもので、米ソ冷戦の最後の緊張関係を描いていた。タイトルも、J.F.ケネディの言葉で、全体にシリアスな暗さを漂わせた。
一方、裏ジャケットの3人のアップめなポートレイトにも唖然とさせられた。アレックス一人がやたらハンサムに映っており、ゲディーは耳に髪を掛けたヘアスタイルで性別不詳な感じだし、その間で窮屈そうに不自然な体勢のままカメラ目線を向けるニールの微笑。どうもRushらしからぬ、という印象だった。

実際の音の方はどうか。
前作の『Signals』も最初は失望させられたので、過度な期待はしてはいけない、そんな自制心が働いたのを覚えている。
オープニングのDistant Early Warningは、「遥かなる叡智が教えてくれるもの」という邦題が付けられた。冒頭から予想以上に音圧が薄い(弱い)とは感じたが、尖ったシーケンサー音に耳を奪われる。全体にポップだ、というのは覚悟していた通りだが、でも理屈抜きにカッコいいとも思う。
Afterimageはどこかフィスティーズっぽい出だしだし、Red Sector Aは前評判どおりポップなミディアムテンポで、「らしくはない」のだが、しかし確かにカッコいい。
The Enemy Within(内なる敵)というのも、元はケネディの言葉で軍産複合体を指すが、ホワイトレゲエを用いたカッティングは、Vital Signsを連想させる。これはやはりポリスからの影響だろう。
Body Electricのサビはジョークとしても、Kid Glovesの軽いノリと云い、どうも全体にコンパクトな物足りなさを否めないが、カッコよさだけは残る。
Red Lensesも実に硬派なRushらしからぬトリッキーな曲。明らかにニュークリムゾンのパロディーというつもりなのだろう。この辺りの所感は国内盤を買い直した後に目を通した難波弘之氏のライナーでの記述と記憶がオーバーラップしているのかもしれない。
熱烈なファンとして本作のハイライトは、もちろん従来通りのイメージを踏襲する最後のBetween the Wheelsにとどめを刺す。

全体に軽くてコンパクトなのだが、何よりカッコいいアルバムだ。
そんなところが最初の印象だった。その後、毎日繰り返して聴いていた。すでにウォクマンを持っていたので、高校通学の行き帰りはいつでもGrace Under Pressureだった。

そしてこの秋、30年後の今日に至るまで最初で最後となる、奇跡の初来日公演が実現するのだ。
私は高校生の身分だが、武道館の他に瀬戸市文化センターという会場での名古屋公演にも足を運んだ。

来日公演の少し前、確か一月か二ヶ月前だったと思う。一世を風靡していた洋楽番組「ベストヒットUSA」後半の特集でRushが紹介され、そこで流されたのが「Body Electric」と「The Enemy Within」もSF映画風フィクション映像入りのプロモだった。自分にとっても「動くRush」を初めて見た瞬間だったと思う。興奮したものだ、何しろそれを録画するために自分用ビデオデッキを購入したような気さえする。
「どんなもんだ!」とでも言いたげな小林克也氏の生き生きした表情を今も鮮明に覚えている。