No.48 It Bites / The Big Lad in the Windmill 1986(UK)

イット・バイツのデビュー作The Big Lad in the Windmillは1986年リリース。
1980年代半ば、と云えば、マリリオンをはじめとするポンプ・ロック勢がまだ敬愛する1970年代のビッグネームのパロディーという域を超えていない時期だ。
しかし、彼らはもともとポンプ・ロックとは一線を画した文脈から登場した。アイドルに片足を突っ込んだ普通のポップ・ロックというキャラクター設定は当時のコスチュームやプロモーションビデオからも伺われる。
エイジアからの直接的な影響は皆無だが、屈託のない軽快なハード・ロック・スタイルは、例えばナイト・レンジャー辺りのファンに支持される可能性も秘めていて、何かの拍子でアメリカ市場で受けてもおかしくないような気をさせる。
私がこれを本腰を入れて聴いたのは勿論、待望のプログレ大作として脚光を浴びた次作Once around the Worldリリースの後のこと。当然、彼らがジェネシスの様式美をルーツに持つ本格派と知った上で、いわば逆算した形での解釈になることは避けられない。本国イギリスでは、この作品からCalling All the Herosがトップテン入りしていたとは云え、多くの日本のファンもそうだったはずである。
いや、自分の場合、イット・バイツの真価をはっきりと認識したのは、さらに彼らが解散した後なのだ。失われてしまったからこそ、一段と愛おしく感じられるというのは、よくある人間感情に違いない。 イット・バイツというバンドがこの世から居なくなって初めて「メロディーの純度はビートルズ以来、最高クラス」などと一人で盛り上がっていた。1992年か93年辺りか。 
後の2枚に比べるとデビュー・アルバムはジャケットも含め、格段にチープで地味、多分にトライアル的な作品だ。平常時であれば、軽く聞き流していたかもしれない。しかし、そんなハイな状態で聴いたので、私にはすべてが貴重な宝であった。恋愛の結晶作用と同じく、勢いで作ったような捨て曲もやたら魅力的に感じられた。 もちろん、実際、素材の際立った美しさをそのままパッケージしたようなメロディーはどこまでも純粋で愛おしい。冷静になったシラフの状態でも絶品と断言できる。
そして、その必殺のフラグシップ曲がオープニングのI Got You Eating Out Of My Handだ。 若々しく明るいハード・ロック調を表にしながら、随所に心憎い小技を利かせ、マニアを狙い撃ちすると同時にデリケートな泣きのメロディーをさりげなく織り込むという高度な妙技。しかも、Holdsworthの精巧なパロディーとすぐにわかるソロも愛嬌だ。これらは、おおよそ新人とは思えぬ職人芸であり、過去20年のプログレ全史をひもといてもにわかに類例が思い当たらない。 素材の純度と計算し尽くされた小技の融合。イット・バイツの醍醐味はこの曲に限らないのだが、とにかく電撃的な逸品だ。