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No.36 1980年代プログレ代表 It Bites、Sagrado Coracao da Terra

プログレッシブ・ロックについて語り出すと、古い話ばかりになるのは気が引けるのだが、やはり避けることはできないのだろう。

自分が大学に入ったのは昭和の最後の年。1988年。
世はバブル経済の真っただ中ということになっているが、自分の記憶にそういう時代の残像はほとんどない。
身の回りを思い返せば、多くの人がそうであったように今よりはるかに物は少なかった。
取り分け情報環境は清貧そのもの、隔世の感が強い。

群馬の田舎から一人上京し、大学に通い始めた直後はさまざまなカルチャーショックでしばらく放心状態に陥っていたが、そんな中、唯一の生きる目的が音楽だったような気がする。
ユーロ・ロック研究会をそのままずばり名乗る大学サークルに出入りしたが、自分のごとくユーロ・ロックを我が命と信奉しているような危険な種族は例外で少数派であった。
しかし、その少数派どうしで目白や新宿の輸入レコード店を散策するのは何よりの楽しみだった。

当時、そのコミュニティの中で話題になっていたのが、イット・バイツとサクラド・コラソン・ダ・テハだった。
 
プログレという昔の音楽と言えども、現在進行形で同じ時代を生きるアーティストが求められ、優先的な関心の対象なのは当たり前の話なのだが、プログレ視点に立つと、1980年代に入って以降、ずっと不毛の時代が続いた。
英米以外のローカルな音楽シーンも視野に入れれば、決してそんなことはなかったと、今になってみれば言えないこともないが、当時の商業音楽、ショウビスの世界にプログレという記号はほぼ皆無、死滅したものと映っていた。
ピーター・ゲイブリエルジェネシス、イエス、ムーディーブルース、GTRなどのプログレOBも多数、スターダムに君臨していたものの、全員ポップ仕様のコスチュームに着替えていた。
また、アングラシーンでは1980年代初頭からマリリオンを筆頭にポンプ・ロック勢が台頭してきたが、当時の多くはまだまだパロディの域を出ていなかった。

そんな中、大英帝国プログレッシブ・ロックの期待を一身に一躍、彗星のごとく登場した「最後の大物」がイット・バイツという、アイドル風のルックスを持つ4人組であった。
「限りなき挑戦」というセンセーショナルな邦題が付けられたセカンド・アルバム「Once Around The World」は、元ゴングのスティーブ・ヒレッジがプロデューサーを務め、ギターはホールズワース、キーボードはトニー・バンクス、ヴォーカルはガブリエル、全体はデジタルシンセを使った往年のジェネシスタイプという触れ込み、そして最後はジャケットの通りアイドルのルックスだというのが決まったオチだった。

もう一方の雄が、純正プログレへの拘りを保ちながらも、エイジアの影響を伺わせる陽性のポップフィーリングを何の違和感もなく発揮するブラジルのサグラッド。こちらも注目を集めたのは、セカンドの「Flecha」。初期のCGを駆使したジャケットも現代風に感じられたし、何よりメジャーのポップスを思わせる明るくて抜けの良い立体的サウンドプロダクションは、返す返すポスト・エイジアという印象だった。
それらは、実はブラジルの豊かなポピュラー音楽の人材、素養、才能をバックにしたプロ中のプロだからこそ実現したアウトプットなのだが、その頃には彼等の正体はほとんど知られることがなかった。