No.23 Led Zeppelin/Coda(最終楽章)

自分が洋楽の世界に入った1982年、ZeppelinとPurpleは解散したとは言え、各メンバーが洋楽メディアの最前線を陣取って現役の生々しい存在だった。当然のごとく通過する最初の登竜門であった。
主な代表曲はよくラジオ、テレビで流されていたので自然に耳に入ってきた。両方ともよく聴いたが、最初からZeppelinの方が断然、格上だと思っていた。これは当時、FM番組を持っていた渋谷陽一にマインドコントロールされた面もあるだろう。
ジョン・ボーナム急死による解散から2年。未発表テイクを収めた「Coda(最終楽章)」がリリースされ、全米チャートの上位にランクインした。発表当時、渋谷陽一がやたら自分の番組で掛けていたのを覚えている。私は早速、当時一世を風靡していたレンタルレコードで借りて、それを録音したカセットテープを聴いた。
その渋谷陽一の受け売りもあったと思うが、なぜこれほどの楽曲が未採用のままお蔵入りになったのかと首を傾げたものだ。
確かにオープニングのWe're Gonna Grooveは、デビューアルバムのCommunication Breakdownを上回って斬新で先取的なハード・ロック・チューンで普通ならばWhole Lotta LoveやImmigrant Songに並ぶ、あるいは凌ぐハード・ロックのスタンダードになったはず、それほどの名曲である。
さらにB面はラストアルバムIn Through the Out Doorのアウトテイク。結果的には記録的なセールスを収めたとは言え、音楽的には相当の問題作として賛否両論をもたらした。同じときに録音されたOzone BabyとWearing For Tearingはボンゾのパワフルなドラムをメインとした、まさにZeppelinと言える王道ハード・ロックの名演であった。なぜ、これを採用せず、ジョン・ポール・ジョーンズの音楽志向を色濃く反映した一連の異色作を選択したのか、渋谷陽一はそれを「プロデューサーとしてのジミー・ペイジの限界」と尤もらしく評していたが、とにかく「Coda」が凄いのは間違いない。
(2009/12)