No.80 Stardust We Are / The Flower Kings 1997

だめ押しの『Retropolis』に続いて1年後には、2枚組CDというフルボリュームの大作が届いた。
『Stardust We Are』。
プログレッシブたることの呪縛を捨てた開き直りの境地を星屑という比喩で表現している。
メンバーも同じ、音楽的にはほぼ変化なしだが、楽曲のクオリティと勢いが何より身上だ。
そして見方によっては冗長、単調とも取れる構成だが、とにかくやりたいことをやり切るという明鏡止水の境地で、前作を上回るパワフルなサウンドとなっている。
特に1枚目は一気に聴ける。
トップのEye of the Worldもお馴染みのマージナルマンとしての自意識を歌った歌詞で、絶頂期のEL&Pを思わせるような、疾走感あふれるプログレ調ハード・ロック。これぞフラキン、と言うべき代表曲だ。
Church of the Heartも北欧メロディを湛えたスタンダードとして忘れることはできない。
続いてCircus Brimstoneを核とする重厚なインストメドレー。情報量を詰め込むのではなく、一定のゆとりをもって八分で流す辺りにさすが、キャリアゆえの懐深さを感じさせる。
2枚目はさすがに若干ダレるのだが、最後を飾るタイトルトラックの組曲がやはり入魂の逸品。
25分間、全体としてはオーソドックスなメロディ、演奏、構成のプログレ調ハード・ロックで、スタジオで一発録りしたようなシンプルさなのだが、1970年代のバンドやアルバムで類似したものを思い浮かべるようとすると、意外とこういうテイストのものは思いつかない。
私のイメージだと、ギターとキーボードの違いはあるが、何となく一番近いのはEL&Pの『Tarkus』あたりで、そこから若さゆえの粗さを引いて、もう少し音数を増やし、エッジを残しながらも上品で構築してみせた、という感じだろうか。
これをやるために、Roine Stoltは復活し、このバンドを結成したのだろう、そう確信するほど、オリジナリティ溢れる作品である。
ここまで登りつめてしまったRoineは次、どうするのだろうか、と我々ファンは興味津々だった。
しかし、もはやそこには1970年代のような行き詰まりや限界という危惧は消えていた。
アーティストがその気になれば、好きなことだけを徹底してやれる時代に入ったということを、彼は証明したのだった。