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No.76 Roine Stolt / Fantasia 1979

Roine Stolt Sweden
「昭和40年男」という雑誌がある。
もうだいぶ前からその存在は知っていて、美容室ではいつも手に取っていたのだが最近、「興奮のラジカセ」という特集記事に惹かれて、図らずも購入してしまった。
自分は昭和40年より少し後の生まれだが、ほぼ同じ共有経験である。
アニメ、プロレス、クルマ、バイク、オーディオ、洋楽、サブカル等、自分たちの青春時代、ひたすら過去のノスタルジーだけを貪ろうという欲望のベクトルは、目を背けたくなるほど退嬰的なデカダンスそのものだが、開き直ってしまえば、これほど絶対の安心感の下でシェアできる世界はない。

そして自分も改めて過去を振り返ながら、甘美な思いに浸りたいと思う。
もちろん、私の場合はプログレッシブ・ロックが半生のかなり中核的な部分を貫いている。
今でこそBGM扱いとは言え、ながらく「音楽は革命」というマニフェストを真に受けていた人間である。

そんな前置きで、40代半ばを過ぎた自分が今なおアイドル、ヒーローと渇仰する存在は、この世に一人、とまでは言わないが、数限られる。その一人は間違いなくスウェーデンのMr. Roine Stoltに他ならない。

今でこそ、Roineはプログレ史上、欠かせないVIPだが、こんなステータスは20年前には想像もできなかった。
当時、極々一部のファンに限って言えば、彼が1970年代の半ば、Kaipaという、北欧スウェーデンが生んだ幻の叙情派ロックグループの中心メンバーだったことは知られていた。同時代にリアルタイムで日本に紹介されて一部の好事家に熱狂的に支持された豪州のSebastian Hardieと互角の存在、というのが概ねの評価だったと記憶する。
しかし、Kaipaの残した3枚のアルバムは長らくプレミアムが付けられ、高額で取引されていた。
そのような状況を打破したのは仏のMuseaレーベルから出された再発盤で、これがボーナストラックと詳細なブックレット付きという至れり尽くせりの代物だった。

その際、Kaipaの3枚に合わせて再発されたのは、RoineがKaipa脱退直後にリリースしたソロ・アルバム『Fantasia』である。自分も含めて好事家はこのアルバムには特別な興味を向けていた。
なぜかと言えば、凡そ本作が入手困難な1980年代半ばのマーキー誌上でかつて編集長の山崎尚洋氏が絶賛していたからなのだ。
いわく「プログレッシブ系ギタリストとしての彼の才能は最高クラスであり、ブリティッシュの大物、例えば、スティーブ・ハケットと比較してもまったく遜色ない」と言い切っていた。
これは、RoineがThe Flower Kingsを率いて20年以上、世界のシーンを牽引することとなる10年以上も前のコメントである。今にして思えば、予言的な意味合いさえ感じられる言葉だ。

そして、肝心の『Fantasia』だが、明らかに彼がKaipaを脱退する直前にリリースした『Solo』の延長線上の作風である。『Solo』は今から見れば、はっきりRoine主導の作品だったが、1947年生まれのリーダー、Hans Lundenと1956年生まれのRoineとの間でバンド運営上、何らかの亀裂が生じたことは想像に難くない。その結果、当時まだ二十歳そこそこのRoineがバンドを退き、ソロ活動に入って、急ぎ完成したのがこの作品である。
多彩なゲストミュージシャンが参加しているが、音的にはKaipaのバンド・アンサンブルには及ばない。
やはりギタリストとしてのRoineのミュージシャンエゴを優先した作風である。
それでもクオリティーは高い。ディスコ、フュージョンなどの時流を踏まえながらも、やはり芸風は揺るぎことなく、珠玉のギターソロを聴かせてくれる。
Roineは若い。純粋だからこそ、自分の美学以外も欲張りに吸収しようとする。
その貪欲なクリエーター魂は、紛れもなく、15年後のThe Flower Kingsでの復活へとつながっている。

すでに盟友のZamla Mamas MannaのHans Bruniussonが参加しているのも気になるところだが、一曲のみでそれ以外は通常メンツを優先しての布陣。当然ながらRoineの存在感だけが際立つという構成である。
フュージョン色も強いが、決して技巧に走ることなく、どこまでもメロディ志向は今も変わらない。
Roineへの信頼はここから揺るぐことはない。