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No.79 Retropolis / The Flower Kings 1996

Roine Stolt The Flower Kings


 The Flower Kingsという微妙なネーミングで劇的な復活を遂げたRoine Stolt
とは言え、やはりこの道20年のヴェテランである。
音楽的には最初から完成の域にある。ここからどう発展、変容していくのか、創作のモチベーションも含めて、アルバムの完成度が高ければ高いほど、リバイバルの先行きには不安を感じざるを得なかった。
そんなわれわれファンの不安を吹き飛ばすかのごとく、前作『Back in the World of the Adventures』からわずか半年あまりのインターバルで届いたのが『Retropolis』。
「バック」の後は「レトロ」だと、どこまでも後ろ向きの過去へのノスタルジーに徹し、ただならぬ本気さを証明するだめ押しの一撃だった。 

過去から推敲してきた選りすぐりの自信曲を詰め込んだ前作に比べると、こちらは少なからずインスト中心、ジャムセッションからの発展形のような趣きが強い。
計算尽くしというよりも、スタジオでの勢いに乗った作品であることは間違いない。
まずオープニングのタイトル曲でもう理屈抜きにノックダウンだ。
Larks Tongues in Aspic Part 1を思わせるような様式美の典型的なインストプログレ。よくぞ、ここまで、やってくれたという分かりやすい展開にはもう何も言葉が出ない。結局のところ、多くのプログレ・ファンが本心から望んでいた理想世界に違いない。タイトな演奏は硬さが取れてひたすらドライブする。1980年代以降、これほど唯我独尊のメジャー感覚でプログレ路線をひた走る例はちょっと思い当たらない。普通はどこかに時代へのアンチテーゼという自意識をぬぐえない。Roineにはもうその境地を脱している。過去のある時代へのほぼ盲目的なロイヤリティによって、時代を軽く超えてやってのけるのだ。

本作にはもう一つ、彼らの代表曲としてファンの間で親しまれているThere is More to This Worldが収録されている。タイトル曲が少なからずKing Crimsonを意識した硬派の面をアピールしているのに対し、こちらは中期Genesisを彷彿させるメロディアスなプログレである。このバンドは、基本的には、Genesisよりは、Yesに近いハード・ロックだと思うのだが、One for the Vineを思い出すようなファンタジックな音色は、Tomas Bodinのセンスであろう。
これは、後のメンバーのJonas Reingold率いるKarmakanicや後輩格のMoon Safariに継承される美学である。

半年でリリースされた本作の「これでもか」感によって、疑い深いわれわれもRoineの筋金入りのプログレ魂を思い知った。このアルバムが出た1996年、自分は3年勤めた会社を辞めて、何ら計画性もないまま、ブラジルへ発つことを決めた。26歳だったと思う。今、振り返るとささやかだがわが半生では重要な転機だった。
その時に最もエンカレッジしてくれたのが、このアルバムだった。
Roineが自分の人生で掛け替えのない英雄となった瞬間でもあった。




No.78 Back in the World of Adventures / The Flower Kings

Roine Stolt The Flower Kings
ドラム以外はほぼ一人で作り上げたソロ・アルバム『The Flower King』の復活劇から1年あまりが経った1995年の暮れ。
Roine Stoltはアルバムタイトルをそのまま名乗るバンドとして本格的な再スタートを切った。
瞬間的な創作衝動に駆られた勢いで一気に形にした感のあった前作。一発屋で終わっても何ら不思議ではなかった。ネーミングのセンスはかなり微妙だが、ひとまず持続可能な体制での第二弾の登場を心から歓迎した。
基本フォーマットは前回と同じ、全盛期のイエスを範とするプログレ風味のハード・ロック
実はだいぶ以前からのパートナーだったToman Bodimが専任キーボード奏者として加わったことで、ギターとほぼ互角の存在感でキーボードをフロントに配置、ぐっと完成度が上がった。 Roineが主導権を取った時代のカイパを思わせるシーンも随所に聞けて、楽曲のパターンもこの時点でほぼ出揃っている。 
ハイライトはやはり最後の大曲、Big Pazzleであろうか。
特に中間のカイパ的な泣きの旋律、切れが良すぎるドラム、軽快なフットワークのインストは我々ファンがずっと待ち望んでいたものだ。



今から振り返れば、これももう20年前 。
当時、Disk Unionから情報誌「Arkangel」 という情報誌が発行されていたが、イタリアのDeus Ex Machina、米国のEcholyn、スウェーデンAnglagardなどがエピゴーネンの域を超える傑作で登場し、本格的なプログレ蘇生を予感させ始めた頃。
そして、もう一方の雄、Spock's Beardがデビューした年でもある。 

No.77 Roine Stolt / The Flower King 1994

Roine Stolt Sweden
北欧の伝説として、ながらく一部の好事家の間だけで憧れられ続けたカイパ。1970年代半ば、3枚のアルバムを残したスウェーデンの叙情派プログレッシブ・ロック・グループである。
その主役を担っていたギター・ヒーローのRoine Stoltが劇的な復活劇を遂げたのは1994年夏。
カイパの3枚のアルバムが、仏ムゼア・レーベルから世界配信され、改めて多くのプログレマニアを魅了した後のこと。豊富なボーナストラックと詳細な資料を加えたリイシュー盤への反響がRoineのプログレ魂にもう一度、火をつけた。
当時、自分は地元に帰郷し社会人になって数年目。カーステレオでカイパの3枚をしばらく聴き倒し、脱退後のRoineが世に出した2枚のソロ・アルバムもじっくり吟味し、次は何を求めようかと思っていた。そんな絶好のタイミングであった。 
World Desqueの通販メニューに発見し、我が目を疑いながらも狂喜乱舞か欣喜雀躍して早速、購入した。
「The Flower King」という、安易とも思える、嫌にストレートなタイトリング。
レビューには、イット・バイツにも通じる云々といったコメントがあった。そう、それはイット・バイツが電撃的に解散して数年後だった。まだその存在が日本のプログレマニアの心を占めていて、我々はそれに代わる新たなヒーローの登場を待ち望んでいた。

ブックレットには、プログレシーンに15年ぶりに復帰するにあたってのRoine自身のメッセージが載っていた。シンプルな英文で、今日の音楽シーンに対する根深い不信感や反発を表明した上で、同じ心を共有する世界中の同志に向けて、一切の妥協を配して自分が真善美と信じる音楽だけを追求する、という宣言が書かれていた。
今もなお通じる彼のマニフェストである。
少し無精髭をはやしレザージャケットを纏ったRoineの姿はいかにもロック・スター然としていたが、そのメッセージは思っていた以上に反時代的であり、また孤独な悲壮感のようなものを感じた。
実際、ドラム以外はほとんど彼自身によるパフォーマンスの多重録音。かつてのカイパが結束の固い4人が一丸となったアンサンブルを身上としていたのと比べると、どこか寂しさを感じさせる制作体制だ。
肝心の音は、と言えば、想像以上に正攻法のハード・ロックだ。音の輪郭はクリア、音色も明るい。1970年代、欧米ではイエスがハード・ロックに分類されていたと聞いたが、そんな意味でハード・ロックだ。カイパの陰影はあまり感じられない。
1980年代後半のL.A.メタルあるいは往年のボストンを思わせる陽性の歌メロと、徹底的に引き伸ばした間奏部での遠慮なし、やりたい放題のギター・ソロ。
基本は全編これの連続だ。
最初の2曲はライトとダークのマニフェスト・ソング。
続くCamel風の疾走感あふれるインストでは後半の弾き倒し、小品を飛ばし、今度は存分に泣きのギター・ソロが続く長尺インスト。もう一度、ハード・ロックに戻ってギター版EL&P
カイパ時代への郷愁とも言える大型組曲に、最後はもう一度、オープニング曲のサビへとリフレインする、という、まさに至れり尽くせりの構成。
もうこの1枚ですべてが終わってもいい、という覚悟の産物であった。

最初はどうしてもカイパの繊細な構築美と比較してしまう。シンフォニックな装飾を施してはいるものの、基本的にはみずからのミュージシャン・エゴを貫いたギタリストのソロというのが私の印象だった。
Roineの声域の狭いヴォーカルもなかなか聴き馴れず、しばらくはHans Lundenと比べると不満を拭えなかった。
とは言え、1970年代半ばから1980年代を通して酸いも辛いも知り尽くした匠の技だ。例えば、同時代の米国マイナー系シーンに登場したシンフォニック・ロック勢とは格が違う。本物の凄みというものを感じさせる。
しかも、半分以上でドラムを叩くのはRoineの盟友、Zamla Mamas Mannaのバカテクドラマー、Hans Bruniusson。全盛期のBill Brufordを凌ぐ切れのある演奏でロック・アンサンブルの完成度を格段に上げている。シンフォニック系でこれだけ強靭な鉄壁のリズム・セクションは長らく期待できなかったものだ。

ここから、プログレ史上指折りのギター・ヒーロー、Roine Stoltの快進撃が始まる。
これがリリースされた時点ではまさかそんな歴史が刻まれることになろうとは想像もしていなかった。



No.76 Roine Stolt / Fantasia 1979

Roine Stolt Sweden
「昭和40年男」という雑誌がある。
もうだいぶ前からその存在は知っていて、美容室ではいつも手に取っていたのだが最近、「興奮のラジカセ」という特集記事に惹かれて、図らずも購入してしまった。
自分は昭和40年より少し後の生まれだが、ほぼ同じ共有経験である。
アニメ、プロレス、クルマ、バイク、オーディオ、洋楽、サブカル等、自分たちの青春時代、ひたすら過去のノスタルジーだけを貪ろうという欲望のベクトルは、目を背けたくなるほど退嬰的なデカダンスそのものだが、開き直ってしまえば、これほど絶対の安心感の下でシェアできる世界はない。

そして自分も改めて過去を振り返ながら、甘美な思いに浸りたいと思う。
もちろん、私の場合はプログレッシブ・ロックが半生のかなり中核的な部分を貫いている。
今でこそBGM扱いとは言え、ながらく「音楽は革命」というマニフェストを真に受けていた人間である。

そんな前置きで、40代半ばを過ぎた自分が今なおアイドル、ヒーローと渇仰する存在は、この世に一人、とまでは言わないが、数限られる。その一人は間違いなくスウェーデンのMr. Roine Stoltに他ならない。

今でこそ、Roineはプログレ史上、欠かせないVIPだが、こんなステータスは20年前には想像もできなかった。
当時、極々一部のファンに限って言えば、彼が1970年代の半ば、Kaipaという、北欧スウェーデンが生んだ幻の叙情派ロックグループの中心メンバーだったことは知られていた。同時代にリアルタイムで日本に紹介されて一部の好事家に熱狂的に支持された豪州のSebastian Hardieと互角の存在、というのが概ねの評価だったと記憶する。
しかし、Kaipaの残した3枚のアルバムは長らくプレミアムが付けられ、高額で取引されていた。
そのような状況を打破したのは仏のMuseaレーベルから出された再発盤で、これがボーナストラックと詳細なブックレット付きという至れり尽くせりの代物だった。

その際、Kaipaの3枚に合わせて再発されたのは、RoineがKaipa脱退直後にリリースしたソロ・アルバム『Fantasia』である。自分も含めて好事家はこのアルバムには特別な興味を向けていた。
なぜかと言えば、凡そ本作が入手困難な1980年代半ばのマーキー誌上でかつて編集長の山崎尚洋氏が絶賛していたからなのだ。
いわく「プログレッシブ系ギタリストとしての彼の才能は最高クラスであり、ブリティッシュの大物、例えば、スティーブ・ハケットと比較してもまったく遜色ない」と言い切っていた。
これは、RoineがThe Flower Kingsを率いて20年以上、世界のシーンを牽引することとなる10年以上も前のコメントである。今にして思えば、予言的な意味合いさえ感じられる言葉だ。

そして、肝心の『Fantasia』だが、明らかに彼がKaipaを脱退する直前にリリースした『Solo』の延長線上の作風である。『Solo』は今から見れば、はっきりRoine主導の作品だったが、1947年生まれのリーダー、Hans Lundenと1956年生まれのRoineとの間でバンド運営上、何らかの亀裂が生じたことは想像に難くない。その結果、当時まだ二十歳そこそこのRoineがバンドを退き、ソロ活動に入って、急ぎ完成したのがこの作品である。
多彩なゲストミュージシャンが参加しているが、音的にはKaipaのバンド・アンサンブルには及ばない。
やはりギタリストとしてのRoineのミュージシャンエゴを優先した作風である。
それでもクオリティーは高い。ディスコ、フュージョンなどの時流を踏まえながらも、やはり芸風は揺るぎことなく、珠玉のギターソロを聴かせてくれる。
Roineは若い。純粋だからこそ、自分の美学以外も欲張りに吸収しようとする。
その貪欲なクリエーター魂は、紛れもなく、15年後のThe Flower Kingsでの復活へとつながっている。

すでに盟友のZamla Mamas MannaのHans Bruniussonが参加しているのも気になるところだが、一曲のみでそれ以外は通常メンツを優先しての布陣。当然ながらRoineの存在感だけが際立つという構成である。
フュージョン色も強いが、決して技巧に走ることなく、どこまでもメロディ志向は今も変わらない。
Roineへの信頼はここから揺るぐことはない。




No.75 Cat Food /King Crimson

YouTube British
今は亡き北村昌士さんによるキング・クリムゾンの評伝『キング・クリムゾン―至高の音宇宙を求めて』は、情報の少ないネット石器時代にかけがえのない情報源だった。
1981年の上梓だから、やはり北村氏が『フールズメイト』誌のまだ編集長だった時期であろう。
その中でも紹介されているように、初期クリムゾンは、当時のロック・シーンに一大センセーションを巻き起こした『宮殿』の大成功とは裏腹に、北米ツアーで疲弊したイアン・マクドナルドとマイケル・ジャイルズが脱退し、早くも空中分解の危機に直面していた。
特にマルチプレイヤーのイアンは、『宮殿』では、主役のフリップ以上の中心的パフォーマンスを示し、まさに余人をもって代え難い活躍ぶりであった。
そのような中、リーダーのロバート・フリップがジャズ・ピアニストのキース・ティペットを招聘し、メル・コリンズやアンディ・マクローチといった、今から改めて思うと奇跡に近い、実に高水準な人材をリクルートしてバンドを再編成するわけだが、その過渡期の活動トピックにBBCテレビの音楽番組『Top of the Pops』への出演があった。
このことは、北村氏の著書でも詳しく、また思いの外、正確に記述されている。
その時点で脱退が決まっていたマイケル・ジャイルズが弟のピートとともに再出演し、新加入のキース・ティペット、それから同様にキース・エマーソンとの新バンドを構想中だったグレッグ・レイクも残ったままの編成で、新進気鋭のニューカマーとして、キング・クリムゾンが紹介される。
あまりに場違いなショウビスの只中にキング・クリムゾンという、今や伝説的な存在が出現したということを再認識させられるわけだが、最近になって、その時の映像がYouTubeにアップされて閲覧できるようになった。
ただただ絶句するより他にないネット革命の成果だ。

確かに絵柄自体は、本当にもうずっと前から見覚えのあるものである。
右から直立不動のピート、椅子に座って微笑を浮かべるフリップ、後方にマイケル、前方にアコギを構えたグレッグ、そして左サイドにキース。
この時、全員が20代。フリップもまだ20代前半だから驚きだ。
あどけなさが残るグレッグはアイドル風美少年、キースはフランケン風コワモテ。
生演奏はしていない。口パクだ。
その後の歴史を知れば、いかにも不自然なフォーメーションなのだが、何やらスノッブな若い男女がたむろすダンスクラブ風の会場と、そこで初期ビートルズ風の硬いコスチュームをまとった面々、そしてこれが『宮殿』リリースのわすか半年後、そしてフリップを除くイアン、マイケル、グレッグが脱退し、そのうち、グレッグはこの年のうちにかのワイド島フェスでエマーソン・レイク・アンド・パーマーとして華やかなデビューを飾るわけだから、どこまでも感慨深い一シーンである。


No.74 Francis Dunnery / Tall Blonde Helicopter 1995(UK)

It Bites
It Bitesのメイン・パフォーマー、Francis Dunneryは、1990年代前半、社会人になって久しく私にとって特別な存在だった。
その当時はアイドルのような容姿だったが、ギターがとてつもなく巧く、しかもジョン・レノンかレイ・デイヴィスかという、ルックスを裏切るような不良っぽいメロディーへの拘りが、とてつもなく魅力的だった。

ロバート・プラントの口利きでメジャーレーベルのAtlanticからリリースされたソロ・セカンドのFearlessはファンからすれば絶品歌メロ満載だったが、客観的に見れば、みずからのポジショニングに迷いが禁じ得ない 試行錯誤の産物だった。
セールス的には不調に終わったのであろう、続くサードは1995年、 無名レーベルからのリリースとなった(と思ったら、これまではAtlanticだった)。
タイトルは、Tall Blonde Helicopterという。
そしてジャケットは短く髪を刈り込んだFrancisが子犬を抱えたモノクロのポートレート
これだけでこのアルバムの位置づけは明白だろう。


個人史的に思い出を振り返ると、とにかくFrancis Dunneryへの思い入れが格別だった時期で、新入社員として最も困難な状況下、しばしば都内の輸入レコード店を散策するのが何より楽しみだった。

そういえば、元カイパのRoine Stoltがセンセーショナルな復活を遂げた直後でもあった。
そのサウンドもIt Bitesとの比較で捉えていたほど、当時、It Bitesの存在感は自分の中で大きかった。

そんな中、思いかけずFrancisの新作ソロを発見して、のけぞった。
これこそ、私の理想のサウンドだった。
そして、Francisに望むものそのものだった。
よくぞ、これをやってくれた、と歓喜した。

今、聴くと、本当に普通のロックなのだ。
私が彼に期待していたのは、彼が普通のロックをやることだったのだと思う。

珠玉の歌メロは全開。
最初はもちろん、Too Much Sternだ。
It Bitres時代の数々の歌メロを継承する、Dunnery節そのもの。



次にはまるのがNew Yorkのバラード、そしてCat Stevenのカヴァー辺りか。
こうなると、プログレもIt Bitesも関係ない。
今にして思えば、この境地が本望だったか。



そして、その上でもなおプログレファンを魅了するギター・ソロを披露してくれるラストソング、Grateful and Thankfulに究極の純度のミュージシャン魂を感じ取ったものだ。

いわゆるプログレではもちろんない。
しかし、これこそが自分の到達した最終地点と、当時、実感していた。
そういう、やはり個人的には比類ない名作である。
 

No.73 Kaipa / Inget Nytt Under Solen1976(Sweden)

Kapia
Inget_Nytt_Under_Solen_-_Kaipa
スウェーデンが生んだ北欧の伝説、Kaipaのセカンド・アルバム。1976年名門デッカ・レーベルからのリリース。
 我々日本のファンに広く知られたのは、やはり1990年前後、フランスのプログレ専門レーベル、Museaからのリイシュー以降に違いない。Museaの再発CDには、本編に匹敵する大量のボーナストラックと、綿密な情報満載のブックレットが付いていた。マニアには堪らないサービス精神の産物であった。

さて、Kaipaのセカンドは月面着陸時のNASAの画像を用いたジャケットはずっと前からよく知られていたが、一般に彼らの最高傑作は次の『Solo』と信じられていた。しかし、実際の音はほぼ別物である。
こちらはあくまでもHans Lunden中心のオリジナルKaipaであり、『Solo』は もはやバンド内の力関係が崩れ、最年少のRoine Stoltが主導権を取っている。極端に言えば、別バンドの創作物という気がする。

このセカンドはまだ元々のリーダーであるHans Lunden統治下にある。
しかし先のデビュー作でHansの持ち曲の大半を出し尽くしてしまった感があり、それ以降はおそらくコンサートツアーを消化するのに忙殺されていたのではないか。その上、わずか1年のインターヴァルでスタジオ入りしたKaipaがマテリアル不足に陥ったことは容易に想像できる。
Hansは入魂の自信作として、ここに20分以上の組曲Skenet Bedrar』を投入し、それがA面を占めた。新しい機材も駆使した典型的なシンフォニック・サウンドであり、ひいき目に言っても同年代のEarth and Fireあたりの組曲に匹敵する完成度、つまりインターナショナルな第一線で通用する完成度を誇っている。
 問題は残りのB面だが、これらがまだ楽曲として昇華しきれていない小品のオムニバスなのだ。
しかし、ここで弱冠20歳のRoine Stoltの非凡な才能が図らずも表出してしまうわけである。

ほぼ同時期、日本のファンを魅了した豪州のSebastian Hardieの名曲『Rosanna』と双璧と成す演歌系インストの『Korståg』、そしてかなりラフな造形ながら、ファンの胸をかきむしるようなタイトルトラックの泣きのギター・ソロ。これによって、Kaipaの主役は一躍、HansからRoineに交代するのである。

私も、そんなMusea再発CDを文字どおり「むさぼり」聴いた一人である。
純楽曲のクオリティーは、満を持して自信作だけを並べた前作とは比べようがないほどだが、パーツパーツの煌めきは群を抜いている。
Roineのとてつもない才能を思い知らされる一枚である(その時点ではもちろんThe Flowe Kings以降の大活躍は知らない)。