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New Trolls - Aldebaran 1978


New Trolls - Aldebaran - YouTube

 

10月のイタリアン・ロック・フェスの主役はLatte e Mieleだったが、ゲスト扱いで友情出演のNew TrollsのVittorio di Scalzeが花を全部持っていってしまった、というのが個人的な感想だった。

長らく現役から離れていたLatte e Mieleと比べて、ずっとショウビスの第一線に身を置いていた職人エンターテイナーのVittorioが観客を惹きつけてしまうのは無理もない。

それ以降、しばらくは図らずもNew Trollsのキャリアを振り返る日々となった。

New Trollsと言えば、1970年代にブリティッシュの本家さえ凌ぐほどのハイクオリティの純正プログレをやってのけた驚異の実力者集団にも関わらず、その本懐は一貫してポップスとしての歌心にあった。

このパラドックスが私たちプログレ愛好家を深く魅了し続ける所以でもあった。

プログレとしての頂点は、異色の傑作『UT』から分裂劇の只中にあった『Atomic Systems』と分家のIbisの『Sun Suprime』にあることは愛好家の間ではコンセンサスを得ているが、彼らのキャリア最大のヒットはVittorioとNico和解後の『Aldebaran』なのだ。

 

ディスコ・ブーム全盛の中、Bee Geesを露骨に意識した作風である。

前作の『Concerto Grosso Per 2』から急激にプログレ的意匠を排しているプロセスで、とてつもなく独創的なサウンドが仕上がった。

 

このアルバムがプログレとは別の観点から魅力溢れる傑作だということは、四半世紀前から愛好家の間で知られていたが、容易に手に入れられるアイテムではなかった。

 

1978年。

ほぼ40年を経て今、YouTubeで存分に堪能できる。

不思議な時代である。

 

 

 

 

Jack Bruce & Friends- Bird Alone

Jack Bruceという人物は、自分が物心が付いた中学生の当時から、Creamの1人としてロック史上のVIPだった。

キャリアの早い段階で大きすぎる名声を得たことで、この生粋の職人気質の大物も多くの苦難を味わったはずだ。特に1980年代に入ってからは不遇に見えた。

自分が意識的に彼のディスコグラフィを集め出したのは1990年代だが、その頃からようやく正当な名誉回復が実現したように思う。

私にとって、Jack BruceとはむしろCream解散後のソロワークに本質がある。

Cream時代から想定されるようなブルーズ色は驚くほど希薄であり、英国古来のフォークやクラシックに根ざした端正な音楽性は、われわれプログレッシブ・ロックの愛好家ときわめて親和性が高い。

実際、彼の歴代バック・バンドはJon Hiseman以下、Colloseumの主要メンバーだし、Soft MachineのJohn Marshall、Simon Philipsはじめ、プログレ界のビッグネーム揃いである。

そんな彼のキャリアの中で、音楽的な一つの頂点と改めて思えるのは、Mahavishnu OrchestraのBilly Coblam、David Sancious、そしてColloseumのClem Clemsonという、ジャンル横断的な名プレイヤーとの“夢の共演”が実現したスーパー・グループ、Jack Bruce & Friendsである。

それぞれはその名の通り、古くからのセッション仲間だが、この時は満を侍して彼の音楽的構想を体現する最強のラインアップとして招聘された感が強い。

これに先立つJack Bruce Bandが若手を起用した編成だったのとは対照的である。

そして、このバンドのハイライト曲と言えるのが、Bird Aloneだ。

言うまでもなく、チャーリー・パーカーという天才に捧げた作品だが、意表を突くようなロック指向のテクニカルな演奏が繰り広げられる。

Jack Bruceのヴォーカルがなければ、Mahavishnu Orchestraルーツのジャズ・ロックまたはフュージョンに近いが、演奏の主役はBilly Cobhamであり、半ばドラム・ソロのようでもある。

われわれの感覚に照らせば、やはりプログレッシブ・ロックと呼ばざるを得ない、計算高くストイックでありながら、どこかアナーキーな美学だ。

 

www.youtube.com

No.84_シン・ゴジラに想ふ

話題の新作である。
渡辺謙主演のハリウッド版を挟んで12年ぶりの国産ゴジラ
1984年ゴジラと同じく、期待度マックスの復活作である。
当然、高い純度の原点回帰が求められるはずだ。
最新のCGを駆使した映像プロダクションはひとまず申し分ない。
昨今の世界標準に引けを取らない堂々たる出来栄えだ。 

それより結局のところ、問題なのは1954年のオリジナル作品と較べてどうなのかという点だ。
もちろん、62年前のものと単純比較は成り立たない。 
とは言え、だ。
多くの愛好家にとってシン・ゴジラすなわち本当のゴジラと言えば、やはり最初のゴジラをおいて他にはない。以降のシリーズとは一線を画す、別格である。
今回、あえてシンを名乗る以上は、本家、オリジナルとの比較、優劣は逃れられない。

もう20年以上も前だろうか。
1990年代前半、評論家の佐藤健志氏がゴジラ戦後民主主義批判の文脈の中でシリアスに論じ、保守論壇の一部から注目を集めた。その中で氏はゴジラという戦後サブカルチャー最大のアイコンを、先の大戦で南洋に散った英霊の化身だと断じた。
確かに1954年当時の日本人が、東京の街を破壊するゴジラの姿に東京大空襲の恐怖体験を重ね合わされていたことは想像に難くない。何しろたった10年足らず前の出来事なのだ。今日のわれわれには計り知れないリアリティがあったに違いない。
ゴジラ=英霊と見なし、自分たちにとって内在化するという視点が、佐藤氏の独創なのか、それ以前にも語られていたのかは断定しかねるが、20年余りを経た今、少なくとも愛好家の間ではかなりメジャーな解釈として浸透しているように思う。

この作品の制作にあたって関係者は恐らく、そういう見方を前提にしていると思われる。
全編にわたって、必要以上にナショナリズムを意識した科白が多いことからも、そんな時代認識が窺われる。
しかし、それにしては、ゴジラの存在を自分たちの中の一部と見なすような視点が乏しいのもまた事実なのだ。
あるいは今のわれわれにしてみると、東京を破壊するゴジラは3.11の延長線上で想像できる恐怖なのかもしれない。その場合、ゴジラというアイコンが、自分たち自身の内面性とは直接リンクせず、あくまでも外的な脅威に終始するのも無理からぬところかもしれない。

それより何より、今回の作品について、1954年ゴジラとの決定的な違いは、ゴジラ退治に命を捧げる自己犠牲のドラマの有りや無しや、であろう。
今回、登場する多くは政治家、官僚であり、個人としての側面は一切割愛されて描かれない。彼らが発揮するのは職業的使命感の域を出ない。これでは当然、みずから命を賭す悲劇的英雄にはなりえない。

対して、1954年ゴジラはどうか。
主人公の一人、芹沢博士は核兵器さえ上回る、まさに破壊的な革新技術を発明した。
人類はもちろん、生物の存亡さえ脅かしかねない悪魔的なイノベーションを、個人的な情熱で成し遂げたことで、彼は密かに科学者として倫理的葛藤に苦しむ。そこには当時の核兵器開発をめぐる科学者の苦悩が反映されていたことは云うまでもない。そして、博士はそんな孤独な贖罪意識を重ね合わせながら、ゴジラを葬るために我が身を捧げるのである。
 
当時、ゴジラは英霊の化身である以上に、何と言っても核兵器の象徴だった。
あるいは、その人間の驕りを戒めるために登場したのが魔神だった。
そうであるほどに、一方的に攻撃すれば駆除できるような単純な外的脅威ではありえない。
何らか、人間側の改悛か、行動変容をもたらすドラマがなければならない。
そこには、自らの命を捧げる英雄の存在が不可欠なのである。

本作に、そうした人間ドラマはほぼ存在しない。
その理由は単に制作側の意識や視点だけの問題だとは思えない。
 
端的に言えば、聖性とでも云うべきものの不在である。
決して目に見えない。
しかし、人の世を超越しながら、一人ひとりの心の中と、森羅万象の営みを貫くもの。
誰もが共有し、畏怖すべき神秘的な全体感覚、とでも言おうか。
オットーがヌミノーゼと呼称したエートスである。

1954年ゴジラにあって、2016年ゴジラには無いもの。
そう感じられるのはもちろん、単にこれがリアルタイムな経験だからかもしれないが。


No.83 Spock's Beard / The Light 1995

1990年代。
気がつくと、プログレッシブ・ロックという概念は変わっていた。
この国では変わり者のおたくマニアと見なされていた愛好家が
実は世界中に広がっているという事実が判明した。
インターネットの恩恵の一つだ。
やがて昔の時代遅れな音楽、という先入観はいつの間にか払いのけられ、
世界中から勢いのあるニューカマーが登場した。

それらの群像の頂点に居たのが、
一方がスウェーデンのThe Flower Kings、そしてもう一方が米国のSpock's Beard。
それが当時の自分の認識だった。
その後、両バンドのリーダー格であるRoine StoltとNeal Morseが、
Transatlanticという企画バンドで協業することになるので、
現在はこの二つは親戚関係だと思われているが、昔はそうは見られていなかった。

The Flower Kingsは、正確な意味でニューカマーとは言えないが、
Spock's Beardは1995年に『The Light』がリリースされるまでメンバーは無名だった。
私がこれを聴いたのは、Marquee誌の運営するWorld Disqueの通信販売である。

最初の印象は、誠に「不気味な作品」だというものだった。
まず、冒頭のElton John風の弾き語り。
こういう芸は、普通は新人がやれるものではない、
或いはやってはいけないものであったはずだ。
名のある大物だけに許された禁じ手のような流儀だと当時の私はそう感じた。
しかし、それにしてはあまりにこなれた歌いぶり。
海千山千、よほどのキャリアと自信がなければ出来る芸当ではない。
只者ではない。
すぐに察知するが、まさかそれ以降、20年以上にわたってプログレシーンの最前線で、
活躍するほどの存在になってしまうとは想像さえしていなかった。
事実、米国のアンダーグラウンドシーンには、
彼に類似した没個性的キャラの無名なヴェテランは、数え切れないほど棲息している。
ただ、その中でもNeal Morseの才能はあまりに傑出していた。

正直、当初は17分あまりのThe Lightのめまぐるしい展開についていくのがやっとだった。
本当は、その後のGo The Way You Goのほうがシンプルで判りやすい楽曲だし、
最後のOn The Edgeに至っては極上テクニックが炸裂するRevolverのパロディとさえ言える。
しかし、その真価を汲み取るには少し時間を要した。
それほど、ここにすべてを賭けたかのようなThe Lightの一撃が圧倒的だった。

改めて聴きなおしても、デビュー作にして完成している。完成しすぎている。
ただし、新人らしからぬ不気味さは、恐らくNeal自身、多少なりとも自覚していたとは思う。
音楽の端々からは自意識のゆらぎのようなものを感じる。
それが、次作以降にはない、本作の独特の味わいにもなっている。



No.82 The Flower Kings / Flower Power 1999

1990年代に入って、確かに世界のプログレッシブ・ロックを取り巻く環境は変わった。
きっかけは仏ムゼアレーベルや伊ヴィニールマジックなどの専門レーベルからのCD再発ラッシュ、そしてそれに呼応してメジャーとマイナー双方から高水準の傑作が相次いだことだろう。
1990年代半ばからのネットの普及も大きかった。 
元祖「北欧の伝説」だったKaipaのRoine Stoltがよもや復活しようとは、1990年代初頭にKaipaの再発盤を聴いていた当時、夢にも思わなかった。
しかし現実は、あたかもベルリンの壁崩壊からソ連解体まで雪崩を打つように進んだ冷戦構造の終焉にも似て、一挙に様変わりしていく。
1994年にリリースしたソロ『The Flower Kings』は、涙無くしては聞けない魂の名作ではあったが、われわれファンは一枚で終わっても仕方ないと覚悟していた。
ところが、Roineはそのままバンド名とし、本格的なライブ活動をスタートした。
短いインターヴァルでアルバムが出る度、これで終わりかと思われた。
しかし、そんなファンの不安をよそに快進撃を続ける。

エポックは、1997年のLAでのプログフェストへ出演し、John Wettonや盟友のSpock's Beardらとの共演を果たしたことだろうか。 
1999年春には何と初来日も実現した。
その直後にリリースされた『Flower Power』は前作に引き続き、またしても2枚組の大作。
しかも一枚目はディスクのほぼ全編を占める1時間の組曲「Garden of Dreams」である。
事前にはオーケストラとの共演とか、混声合唱との共演とか言われたが、そこまで大掛かりなプロダクションではない。
来日公演でもその抜粋を演奏したが、短いパートを数珠つなぎにした構成であり、Roineの身上とする一本気なシンフォニック・ハード・ロックに、これまで以上にTomas Bodinのセンスを加えた作風だった。
リリース当時は、特に演奏パートのテンションが少し弱く感じた覚えがある。
さすがに押しに押してきた過去4作に対して、意図的に引いてみせたのではあろう。

今、聴くと、素朴な歌メロが心に沁みる。
Roineのヴォーカルもまだ初々しい。

同じ年にRoineは、Dream TheaterのMike Portonyの企画による「スーパー・グループ」のTransatlanticに、Spock's BeardのNeal Morseとともに参加し、期待に違わぬというには、少ながらず予定調和な傑作を発表する。
これによって、彼は晴れてプログレ史上のメジャー入りを果たした。

そう考えてみると、この『Flower Power』がまだ無名だった時代のピュアなRoineの最後の姿だった。
確かに、Transatlanticへの参加は、彼の音楽的ポリシーに影響を与えた。
単純に言うと、プロらしい風格を感じさせるようになったのだが、古くからのファンとしては複雑な思いを抱いたものだ。

今なお、『Flower Power』の歌メロが特にピュアに感じられる理由かもしれない。



No.81 Moon Safari / Lover's End 2010

もちろん、だいぶ前からわが最愛のThe Flower Kingsの弟分として登場したMoon Safariという若いグループが、世代を超えてわが国のマニアを魅了していることは知っていた。
Amazonのダウンロードサービスで幾つかを聴いてもいた。
しかし、何気なく聞き流しただけで本腰を入れて向かい合うことはなかった。
考えてみれば、2010年以降、つまり今の話だ。
Moon Safari云々の前にそもそも音楽を本気で聞くという習慣がかなり薄らいで久しい。
子育て中心のノーマルな家庭生活で、音楽と言えば、カーステレオか通勤時間のiPodに限る。
それさえも危うい。音楽へのパトスを失いかけていた、というか、完全に失っている。

そんな中、Moon Safariが単独来日公演を果たし、しかもテレビのバラエティ番組で たまたま取り上げられたと言う。
ネット情報で知ってはいたが、どうということのトピックにすぎなかった。
ビジュアルにはIKEAライクな北欧人だ。

しかし、たまたま本気でMoon Safariを聴いてみた。
大学時代の旧友からの推薦だった。
いや正確にはMoon Safariを勧められたわけではなくて、今の世界各地の新世代プログレが凄いんだという話で、じゃあまずは人気沸騰、話題を集めているMoon Safariからちゃんと聞いてみようかと思って、腰を抜かした。

なんだ、The Flower Kings以上ではないか、と。
ビーチ・ボーイズなんて言うと、Pet Soundsだけを特別扱いしている身分からすると、その筋の大先輩方からすぐに怒られてしまうのだが、こっちエリアの感覚からすると、まあそんな感じだ。
ベースはやはりYesということになるのだろう。
しかし、今のレイドバックした老Yesなんかとはまるで比べ物にはならない。
Yesの絶頂期、1970年のThe Yes Albumから1977年の究極まで、あるいは1980年のDramaまではぎりぎり許容か。その時代の最高のYesの瑞々しい世界観。
それを1990年代後半のThe Flower Kingsのアンチ時代の反抗精神を経由して、超自然体で再構築してみせたのが、Moon Safariということになるだろうか。

Rick Wakemanの指癖も似せたキーボードワークも最高なのだが、なんと言っても曲だ。
メロディー、コーラス、アレンジ、リズム。
全部が絶品。
変拍子へのこだわりはただ事ではない。
しかし、自然体。
メンツは皆、少なくとも1980年代生まれなのだろう。

やってくれた。
理想のサウンド。
今のところ、やはり世界一。
しかし、本当に思う。
それ以上の音楽があるのだろうか。
グローバルでメジャーだとすれば、これ以外にないのではないか。
そう思ってしまう基本、メジャー志向の自分はやはりマージナルな異端児なのだろうか。
それほど、Moon Safariは、世界一の称号にふさわしい。

彼らがグラミー賞にならない世界は本当は理不尽なのだ。



No.80 Stardust We Are / The Flower Kings 1997

だめ押しの『Retropolis』に続いて1年後には、2枚組CDというフルボリュームの大作が届いた。
『Stardust We Are』。
プログレッシブたることの呪縛を捨てた開き直りの境地を星屑という比喩で表現している。
メンバーも同じ、音楽的にはほぼ変化なしだが、楽曲のクオリティと勢いが何より身上だ。
そして見方によっては冗長、単調とも取れる構成だが、とにかくやりたいことをやり切るという明鏡止水の境地で、前作を上回るパワフルなサウンドとなっている。
特に1枚目は一気に聴ける。
トップのEye of the Worldもお馴染みのマージナルマンとしての自意識を歌った歌詞で、絶頂期のEL&Pを思わせるような、疾走感あふれるプログレ調ハード・ロック。これぞフラキン、と言うべき代表曲だ。
Church of the Heartも北欧メロディを湛えたスタンダードとして忘れることはできない。
続いてCircus Brimstoneを核とする重厚なインストメドレー。情報量を詰め込むのではなく、一定のゆとりをもって八分で流す辺りにさすが、キャリアゆえの懐深さを感じさせる。
2枚目はさすがに若干ダレるのだが、最後を飾るタイトルトラックの組曲がやはり入魂の逸品。
25分間、全体としてはオーソドックスなメロディ、演奏、構成のプログレ調ハード・ロックで、スタジオで一発録りしたようなシンプルさなのだが、1970年代のバンドやアルバムで類似したものを思い浮かべるようとすると、意外とこういうテイストのものは思いつかない。
私のイメージだと、ギターとキーボードの違いはあるが、何となく一番近いのはEL&Pの『Tarkus』あたりで、そこから若さゆえの粗さを引いて、もう少し音数を増やし、エッジを残しながらも上品で構築してみせた、という感じだろうか。
これをやるために、Roine Stoltは復活し、このバンドを結成したのだろう、そう確信するほど、オリジナリティ溢れる作品である。
ここまで登りつめてしまったRoineは次、どうするのだろうか、と我々ファンは興味津々だった。
しかし、もはやそこには1970年代のような行き詰まりや限界という危惧は消えていた。
アーティストがその気になれば、好きなことだけを徹底してやれる時代に入ったということを、彼は証明したのだった。